うちの執事は魔王さま
「アルタ」
「.........へ?」
伸ばした手を取ってくれず、ただ『アルタ』とだけ言ったそれに思わず固まる。
青年は呆れた様に「俺の名前だ」と言った。
「あ、なるほど...。わ、私、ルナ。月緋ルナ。よろしく」
再び手を伸ばす。
が、一瞥され行き場が無くなった。アルタはピアノを再び奏で始める。
どうしよう、これ...。
そう思い、ルナは峰岸の方へと視線を送る。
しかし、峰岸はこちらを見ることなくただ何かを考えているように見える。
「っ、ねえ、アルタ!魔界でしたい事とかある?」
答えてくれないだろうと思いつつ尋ねてみた。
「普通に暮らしてピアノが弾きたい」
答えてくれた...!
「私、アルタのその願い叶えてあげたい。ううん、絶対叶えるよ。だから帰ろう?」
「なんの根拠があってそんな事を言うんだ」
「え、えぇと...それは...」
私がもたついていると先程まで考え混んでいたはずの峰岸が痺れをきらしたようにため息をつきながらこちらへと来た。
「お取り込み中、申し訳ありません。さっさっと帰ってくださらないと姫の日常が崩れてしまうのですが」
隣にいる峰岸が口を開けた。
「誰だよ、あんた」
「このチビお嬢様の執事をしている峰岸と申します。珍しく頑張って頂いてますのにあぁ...もうこんな時間...。タイムアップですね」
「チビは余計だし」
空気が変わった。
「さて、と...姫はもうおやすみになってください。大丈夫、あとは私がやりますよ。安心してお休みになってください」
峰岸がルナの目元に手を当てるとルナは力が抜けたように倒れた。
それを受け止めると静かに横たわらせた。
「っ...、自分の主を眠らせるなんて執事失格なんじゃないのか?」
「......そうですね。ですがあまり夜更かしされていると姫の柔肌に傷が……いえ、体調を崩されても困りますからね」
「お前...自分の主のこと嫌いなのか好きなのかよく分からないな」
「好きですよ、私はね。虐めたくなる程愛おしくて狂おしいぐらい大好きですよ。さて、つまらない話はここまでにしましょう。アルタさん、是非魔界に帰って頂きましょうか。もうここに居座る程の霊力も残ってないでしょう」
峰岸の口角が少し上がった。
「…確かにもう霊力も残り僅かだ。だが何度も言わせるな、俺は帰る気なんて更々ねぇ。それに俺を魔界に帰すはずのその女をあんたが眠らせちまったじゃねえか。それともなんだ?お前が俺を帰すっていうのか?ただの執事がそんなこと出来るのかよ」
アルタは嘲笑う。
「えぇ確かにただの執事なら無理でしょうね」
月が雲によって隠れたのか、音楽室は一気に暗闇へと変わった。