先生、僕を誘拐してください。
懐かしい。
その言葉が飛び出して私もうれしい。
一年ちょっと前のことなのに、口に出すにはあまりに残酷な結末だった。
やっとお父さんとの思い出を話せるようになったお母さんを見ても、朝倉くんは言えるのだろうか。
俺の好きな人が一生憎まれたままなのはいやだ、と。
ひどく自分勝手で虫が良くて、吐き気がする言葉だった。
ご飯の味はもうわかるけれど、真実はたどり着かないほうがいい場合もあるのだと知った。
「ねえ、敦美先生って甘いもの食べられるかしら?」
「どうだろ。男の先生だしね」
「ケーキでも焼こうかと思ってたんだけど三者面談に浮かれすぎかしら」
「それは保証できないね」
確かに三者面談でケーキは違うかもしれない。それは家庭訪問だ。
「でも大学、行きたかったら行っていいのよ。お金のことなら」
「私、自分で稼ぐお金が好きなの。大学に行かなくても全然困らない」
きっぱりそう告げたら、お母さんは苦笑した。
「だったらいいわ。大学なんて社会人になってから入りなおしてもいいしね」