先生、僕を誘拐してください。
「ここじゃなくて?」
「ここは村田くんは蒼に見つかるから嫌だ」
生意気にも、いっちょ前の男の子みたいに言う。
いや、私を抱きしめて慰めてくれた奏はとっくに男の子か。
「わかった。待ってるね」
「すぐ行くから」
頭をふりふりと降って汗を飛ばしながら、私から離れていく。
私も踵を返し坂を下りるふりをして振り返ると、小さくガッツポーズしている奏を見てしまった。
その小さな幸せをかみしめる仕草。
すごく愛おしい。
可愛い私の奏は、もう窓辺にしかいなくて。
そこにいるのは、女の子として私を大切にしようとしてくれている奏だった。
私は今、何がしたいのだろうか。
敦美先生の言葉。お母さんの言葉。
空を見上げて思い浮かぶのは、私を抱きしめてくれた奏。
したいこと。
その先の小さな未来。
考えても考えてもわからないことだらけだったけど。
でも決めた。もう少しだけ自分のお金を貯めながら、好きな人と幸せになる未来を過ごしてみてもいいんじゃないかなっと。
坂を下りて、シャッターが閉まった家の前の通路に、ずらずらと自転車が並んでいるのが見えた。
奏や蒼以外にも、坂の上まで自転車を持っていかないようにするズル組はたくさんいるらしい。
その中で見つけた、奏の自転車に触れながら幸せで頬が緩む。