先生、僕を誘拐してください。


「あんた、誰? 奏は下にいるじゃん」

触ってみようと手を伸ばすと、カーテンを引っ張り払いのけられてしまった。

「あのね、触った瞬間、俺が消えても良いの?」

質問に質問を返してくる。これは奏が都合の悪い時に逃げる常套句だ。

「私が聞いてるの。質問に答えないなら、今すぐ誰かを呼んでやる。あおー」

弟を呼ぼうとした私に、彼はポロポロと泣きだした。
幼い。
奏はこんな風に子どもみたいには泣かないのに。

「だって、一言もしゃべれなくなったんだもん。先生の前で」

「先生って?」

泣きだした彼は、私を指差す。

「家庭教師してもらう時、ちょっと気恥ずかしくて、一時的に呼んでたじゃん。先生って」

「あはは、そうだったね」

――と。
そんな私と奏の二人っきりの時の呼び名まで知ってるとなると、この子、本当に誰?

「僕は、奏だよ。先生の前で何も話せなくなった下の馬鹿のせいで、喋りたいって思ったら窓辺に舞い降りれれた、僕は下でマスクして本音を喋らない馬鹿の、本音」

「……うん」
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