先生、僕を誘拐してください。
「……」
母もあの日から、携帯を覗くのが苦手で必要最低限の連絡以外は携帯は開かない。
母は冷たくなっていく父をただ見ていた。
両足挟まれ身動きが取れない中、父の胸ポケットから響く携帯の着信音が、まるで父の心拍音の様に感じ、鳴り響かなくなった時意識を手放したと言っていた。
心の傷は目に見えないけど、隠せないほどに私たちは大きくて、見ないふりをしてあげることぐらいしか出来ない。
「ちょっとピアノ弾いてくる」
「は、ずりい。テスト勉強は?」
「私は就職組だから、テスト勉強してもしなくてもいいのー」
「ずりい! やれよ」
弟の声を無視して私は父の書斎へ向かう。
大きなグランドピアノを置いておける防音壁の部屋はそこしかない。
お金になるならこのグランドピアノも売ろうと思ったんだけど、父さんや私が騙し騙し手入れにメンテナンスして弾いてきた中古品だからきっと、引き取り料を取られてしまうだろう。
「確か、ここに」