カノジョの彼の、冷めたキス


化粧品なら家に予備があるけど、ポーチの中にはお気に入りのリップが入ってる。

まだエレベーターを降りて来たばかりだったから、ポーチを取りに引き返すことにした。

営業部のフロアを外から覗くと、まだちらほらと残業している同僚たちがいる。

そのなかに渡瀬くんの姿もあった。

パソコンに向かうスーツの後ろ姿をこっそり見つめながら、彼が振り返ることを少しだけ期待して自分のデスクへと向かう。

けれど、仕事に集中している渡瀬くんはあたしには気付かなかった。

帰る間際にあわよくば少しでも話ができれば……

そんなふうに思っていたあたしは、がっかりしながらポーチをいれっぱなしてしまったデスクの一番下の引き出しを開く。


「渡瀬さん」

ポーチをカバンにいれて名残惜しい気持ちで渡瀬くんに背を向けかけたとき、残業中だった後輩の三宅さんが立ち上がったのが見えた。


< 107 / 230 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop