カノジョの彼の、冷めたキス
「違うよ。これ、昼休みに総務の島谷さんが貸してくれたの。来月社員旅行あるでしょ?そのときに泊まる旅館がこの雑誌の特集に載ってるんだって」
あたしはそのページを開くと、渡瀬くんのほうに向けてもう一度差し出した。
半ページ使って取り上げられているその旅館は、社員旅行で連れて行ってもらうにはなかなかの高級旅館だ。
去年は業績がよかったから、今年の社員旅行は例年より多めに予算が出たんだと島谷さんが言っていた。
「社員旅行……」
小さくつぶやいた渡瀬くんが、すぐに気まずそうに顔をしかめる。
「そういえば俺、出欠希望出すのすっかり忘れてた」
「えー、そうなの?締め切り、来週の金曜日までだよ」
「あー、なんか面倒だなって思ってたら忘れてた。去年もその前も行かなかったし」
「そうだっけ……」
そういえば、どこにいたって目を惹く彼の姿が去年はどこにも見当たらなかったような気がする。