カノジョの彼の、冷めたキス


「孝哉、ひさしぶり。今、彼女と付き合ってるの?」

閉まっていく扉の隙間から、渡瀬くんに笑いかける皆藤さんの横顔が見える。

既に半分以上閉じられた扉の向こうにいる渡瀬くんの表情は見えなかったけれど、彼女の言動があたしの焦燥感を駆り立てた。


皆藤さん、今渡瀬くんのことを名前で呼んだ……?

慌ててエレベーターに駆け寄って、扉横の壁のボタンを連打する。

だけどあと少しのところで間に合わず、エレベーターの扉は閉じて上階へと移動し始めてしまった。


皆藤さんは副社長と婚約してるんだよね……?

もう渡瀬くんとは何の関わりもないはずだよね……?

さっきまで渡瀬くんと一緒にいたのはあたしだし、付き合いだしてからは彼の口から皆藤さんの話題が出たことはない。


だけどもし、皆藤さんの方に少しでも渡瀬くんへの想いがあったら……?

ずっと以前に副社長が皆藤さんとの婚約を祝うために同期が集まったとき、彼女が見せた渡瀬くんへの僅かな恋慕の表情を思い出す。


< 169 / 230 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop