カノジョの彼の、冷めたキス


「どうぞ」
「ただいまー」

ドアを開けると、玄関に入ってきてすぐに渡瀬くんがぎゅーっとあたしを抱きしめる。

ただいま、という彼の言葉にくすぐったさを感じて抱きしめ返すとほんのりとお酒の匂いが漂ってきた。


「飲んできた?」

何となしに訊ねると、渡瀬くんが「んー」とちょっと曖昧に返事する。


「そっか。冷蔵庫にたいしたものなくて、ごはん食べてるのか気になってたの。食べてるならよかった。お風呂使う?」

「うん。穂花、いい匂い」

お風呂上がりでまだきちんと乾かせていない髪に、渡瀬くんが鼻を埋める。


「まだ濡れてるよ?」

照れ隠しに笑ったら、渡瀬くんがあたしのことをさらに強く抱きしめた。


「高垣さんから、俺が今日の午後に皆藤に呼ばれて副社長の仕事を手伝ったこと聞いたんだよな?」

耳元で聞こえる渡瀬くんの言葉にドキリとする。

渡瀬くんの突然の訪問は、そのことに関係があるんだろう。

渡瀬くんが来てくれて浮き足立っていた心が、途端にサワサワとざわつき始めた。


< 193 / 230 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop