カノジョの彼の、冷めたキス




最低限の電気だけを灯したオフィスで、渡瀬くんはパソコンに向かって脇目もふらずに仕事を続けていた。

仕事の早い渡瀬くんが、夜遅い時間まで残業するのは珍しい。

そんなに仕事が溜まっているんだろうか。

あたしの気配にすら気付かずに、パソコンに集中している彼にそっと近付いていく。


「お疲れさま」

買ってきたアイスコーヒーをデスクに載せると、渡瀬くんが驚いた様子で振り向いた。


「びっくりした。斉木さんか……」

「ごめんね。皆藤さんじゃなくて」

あたしの言葉に、渡瀬くんがあからさまに不機嫌そうな顔をした。


「飲み会は?」

パソコンに向き直ってしまった彼が、不機嫌な声で訊ねてくる。


「渡瀬くんは?このまま行かないつもり?」

「仕事、立て込んでるから」

そう答える彼は、あたしのことがとても煩わしそうだったけど、それでも訊かずにはいられなかった。



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