カノジョの彼の、冷めたキス


「今のは、口止め料。だから、もう何も訊かないし、何も言わない。渡瀬くんが皆藤さんのことが本気で好きだったかもしれないことも。もしかしたら彼女のほうも、単なる遊びじゃなかったかもしれないってことも」

居酒屋を立ち去るときに見た皆藤さんの顔。

それを思い出しながら渡瀬くんに伝えると、彼がクッと声を立てて笑った。


「斉木さんが今まで付き合った男って何人?」

「は?」

真面目な話をしてるのに、話題をそらさないでほしい。


「何人?」

「ふたり、くらいですけど」

それでもしつこく訊いてくるから仕方なく答えたら、渡瀬くんがまたクッと小さく声を立てた。


「そのわりには、あんまり色気のないキスだったな」

「え……」

渡瀬くんの言葉に、身体が凍りつく。

哀しそうな目をした渡瀬くんをどうしても見ていられなくて。

つい衝動的にキスしてしまったけど、それに対するまさかのダメ出し……

あれが何の慰めの意味も持たなかったなら、あたしってば勝手に欲を出して渡瀬くんに迫ったただの痴女じゃないか。

明らかに落ち込んだ顔をしているあたしを見下ろして、渡瀬くんが小さく笑う。


「変な女」

単純にバカにしているわけではない、ほんの少しだけ愛のこもっているように聞こえた彼の言葉に、胸が小さく疼く。

笑いかけようと唇を引き上げたら、渡瀬くんがあたしの手をつかまえた。

そのまま緩い力でデスクに押さえつけると、あたしのほうにぐっと身を乗り出してくる。

そうしてかなりの至近距離まであたしに顔を寄せると、低い声でささやいた。


「念のため、もうちょっと支払わせてくれる?斉木さんのこと、どれだけ信用できるかまだわかんねぇし」



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