カノジョの彼の、冷めたキス
渡瀬くんの胸をそっと押して離れようとしたら、彼が片方の腕を伸ばしてエレベーターの壁にあるボタンを押した。
背後で扉が閉まった瞬間、渡瀬くんのもう片方の腕が肩から下へと降りてあたしの腰を引き寄せる。
渡瀬くんとあたしのふたりだけの空間。
彼の息遣いが感じられるくらい近くに抱き寄せられて、否応なしに鼓動が速くなる。
皺のない綺麗なスーツを着込んだ渡瀬くんからは、シトラスのような甘い香りがほんの少し漂っていた。
「あ、あの……」
そっと視線をあげたら、渡瀬くんがいつもとは違って深刻な顔付きであたしを見つめていた。
渡瀬くんてば、急にどうしちゃったんだろう。
穴が開きそうなくらいにじっと見つめられて、頬が発火しそうなくらい熱くなる。
そんなあたしの頬に、渡瀬くんの手のひらが壊れ物にでも触るようにそっと添えられる。