副社長はウブな秘書を可愛がりたくてたまらない
「明日奈、顔を上げて」

 淡い声がして、私は奥歯を噛み締めながら両手を強く握る。

「すみません私、今日中にやってしまいたいことがあるので失礼致します。なにかあれば、お声がけください」

 頭を下げて、彼の横をすり抜けるように奥の部屋へと足を進めた。

 しかし突然強引な力に腕を引かれて、前のめりだった私の重心は簡単に後ろへと傾く。バランスを崩したところを、彼に包むように抱き留められた。

 するとすぐに彼から伝わる高ぶる熱と香りに、思わず涙ぐむような愛おしさが胸に迫る。

「離してください」

 彼の腕に手を添えて、震える声で呟いた。しかし力強いそれは力を弱めるどころか、まるで溶け合おうとするようにさらに力を込めていく。

「嫌だ。今離したら、俺から離れていってしまいそうな気がする」

 耳元で囁かれて胸が動悸を打ち始めるけれど、私はもがくようにその腕から抜け出して奥の部屋へと逃げ込んだ。

 ドアを閉めて背中を預けると、足が震えだし私はその場に座り込む。

 両手で顔を覆うと、カッと熱くなる目頭を堪えるように深く深呼吸を繰り返した。
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