副社長はウブな秘書を可愛がりたくてたまらない
『また困った顔してる。でも俺、君の困った顔が好きみたいだ。だから今、俺のせいでもっと困ればいいと思ってる』

『からかってる? まさか。俺の言葉で次々に変わる表情を全部手に入れたいと思っているぐらいに君が好きなんだ』

『中途半端な思いでこんなことはしない。俺は、多分君が思っているよりも君のことが好きだ。だから安心していい。絶対に君が傷付くようなことにはさせない』

 優しく目尻を垂らして私を見つめるあの甘い瞳を思い出しては、また目尻には涙が滲んだ。

 自分がこんなに泣き虫だったなんて。

 指で拭いながらそれを堪えると、私はクローゼットの奥から取り出したキャリーケースに必要最低限の荷物を詰めていく。

 ケースの隙間が埋まっていくごとに、反対に私の心には寂しく穴が空いていくような気がした。

 そして部屋を見渡してベッドボードの上にあったアクアリウムの写真集を手に取ると、あの日の記憶が吹き出すように蘇って、身体中の血が湧き上がるように熱が回る。

 一緒に海を見たこと、美味しいランチを食べたこと、アクアリウムに行ったこと、そして彼に抱き締められて眠った夜のこと――。
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