副社長はウブな秘書を可愛がりたくてたまらない
 するとそんな私を見下ろした彼が、一瞬驚いたように目を丸めた。

 慌てて立ち上がろうとするけれど、腰が抜けたように立ち上がれない。

 ……どうしよう。こんなこと、初めてだ。

 激しい羞恥心に襲われて熱を持った顔を両手で覆うと、次の瞬間、私は身体がふわりと浮き上がった感覚に驚いて声を上げる。

 見上げると目の前には彼の顔があって、その目は、私を見つめて淡く揺れた。

「ふ、副社長……!」

 暴れるけれど、彼はそんなことなど気に留めていないようで、徐に私から視線を外す。

「じゃあ、連れて帰る。榎原、すまなかった」

 彼は私を抱えたまま、丁寧に真希に頭を下げた。

「真希……! 本当にごめんね。そして、色々ありがとう!」

 私も慌てて頭を下がると、彼女は歯を見せてイタズラに笑う。

「副社長! 今度、三浦さんのこと紹介してくださいねー!」

 彼女は、わざとらしくおどけてそう言った。すると彼は小さく笑みを漏らして、「あぁ」と呟きながら嬉しそうにドアを閉めた。

 静かな廊下にバタン、と音が響き、けれどそれは、すぐに雨音にかき消される。
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