副社長はウブな秘書を可愛がりたくてたまらない
「どうしてあなたが泣くのよ」

 呆れたように、でもほんの少し嬉しそうに呟いた彼女。

「泣いてません」

 必死で鼻を啜るけれど、堪えようとすればするほど、視界はぐにゃりと歪んでいった。

「……千秋があなたを好きになった理由、少しだけれど、わかったような気がするわ」

 私が小首を傾げると、彼女は持っていたクラッチバッグからハンカチを取り出し、それを私に差し出す。

 遠慮がちに受け取ると、彼女は小さく鼻を鳴らした。

「私は、恋敵のために泣いたり出来ないもの」

 そう呟いた彼女は、未だ涙を堪えて顔を顰める私を見て、噴き出すように笑う。

 ……この人、こんな笑い方もするんだ。

 思わずその素敵な表情に見惚れていると、彼女はいつまでも涙を拭かない私を見兼ねてか、ハンカチを奪い取って涙を拭ってくれる。

「これから千秋の隣に立つのに、そんな顔してちゃダメよ」

 すれ違いざま、優しくそう言い残した彼女は私を置いて行ってしまった。

 私はその晴れやかな後ろ姿をしばらく見つめていたけれど、彼女は一度も振り返ることはなかった。
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