神木部長、婚姻届を受理してください!
廊下の突き当たりを曲がって右手にあるトイレに駆け込むと、私は洗面台の前にぼうっと突っ立った。
神木部長の放った〝正直、困ってるんですよね。〟という言葉が思った以上に響いた。
正直、バカな私はほんの少しだけ期待していた。部長も、少しくらい私のことを気にしてくれてはいないかと。そうでないとしても、私の好意自体には気を悪くしてはいないだろうと勝手に解釈をして安心してしまっていた。
だけど、実際はそんなことはなかった。部長は、自身の口からはっきりと〝困ってる〟と発したのだ。私の好意は、部長にただ迷惑をかけていただけなのだと、私は今更気がついた。
しばらくした後で、少し落ち着きを取り戻した私は、両頬をパチンと手のひらで叩くと一度鏡の中の自分と顔を見合わせ、すぐに女子トイレを出た。
いつも通り淡々と仕事をこなし、定時を過ぎると私はすぐに事務所を出る。
いつもなら、わざわざ会社中を歩き回って部長を探し出し、挨拶をしてから帰るのが日課。だけど、今日は部長室に部長がいることを知っていたにも関わらず、挨拶はしなかった。できるわけなかった。
私は、部長室とは反対に足を進めると会社を出て家路を歩き始めた。
力なく、よろよろと歩き続ける私は、明日からどう部長と接していくことが正解なのかをひたすら考え続けた。
私はただ、部長が好きなだけ。
だけど、それが部長にとって迷惑なことなら。部長が困ってしまうのなら、こんな気持ちは捨ててしまわなければ。捨てられなくとも、隠す努力くらいはしないと。
そう頭では分かっている。だけど、どうも心だけはついて来そうにない。