あなたのお家はどこですか?

「完全に建物を間違えてる訳だ」
「まあ、外壁の色が全く同じだから、見分けが付かないのかも」

どうやら酔っ払うと道路を挟んで向かいに建っているうちの社員寮と自分のマンションとを混同してしまうらしい。
僕と同じ201号室に住んでいる彼女は、部屋番号だけはきちんと覚えているようで、必ず僕の部屋のドアの鍵穴にガチャガチャと自分の部屋の鍵を入れようとする。最初の頃はビックリしたものの、今となっては「ああ、またか」とすぐに鍵を解錠する。無理矢理突っ込まれて鍵を壊されたら、こちらは始末書を出さねばならない。

「まあ、でも泥棒でも詐欺師でもなけりゃ、悪くないな……年上OLとほぼ毎晩……やっぱり年上って上手いのか?」

世話は世話でも、明らかに“下世話”な想像をし始めた真鍋に釘を刺す。

「一応言っとくけど、何にも無いから」
「は?」
「悪いけど、真鍋が想像してるようなことは何もないよ」
「嘘つけ。いい年した男と女が同じ部屋に泊まって、何も起きない訳ないだろうが。俺なら絶対に襲う自信あるわ」
「相手は泥酔してるんだぞ。どうやって襲うんだよ」
「ほんとに、ヤってないのかよ」
「随分ストレートに聞くね」
「いや、それ以外聞き方なくね?」

信じられないといった様子で、真鍋は定食に付いてくる小うどんを啜る。
僕は小声で「やってないよ」と答えた。

真鍋調べでは「九割の男女はその状況ならセックスしてる」らしいが、僕たちは紛れもなく残りの一割だ。
岡園さんと僕、大山真和(おおやままさかず)は何十回もベッドを共にしているというのに(僕の狭い1Kには他に眠るスペースがない)キスやハグはおろか、手を繋いだことすら一度も無いのだ。
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