ここにはいられない
数ヶ月前に空けたばかりの荷物をすぐに詰め込む気持ちにはなれず、のんびりトイレ掃除に励んでいた土曜日にその事故は起こった。
ちょっとだけ便器の中に立て掛けておいたブラシが倒れて滑り、深い深い排水溝に━━━━━落ちた。
引っ越してきた当初から「危ないなー」と思っていたトイレだった。
古い公舎だから今時まだ和式で、一応水洗ながら汲み取り式のような大きな穴があるタイプ。
数メートル下の下水に直接繋がっているようだ。
気をつけていたのに、ずっと気をつけていたのに、ついにやってしまった。
水場トラブル専門の業者さんは一目見るなり、
「ああー!これかー!」
と頭を抱えてしまった。
「このタイプは一番厄介なんですよ。排水溝が真っ直ぐ下に伸びてるでしょう?あの底から曲がって下水に繋がってるんです。このブラシ、なんとか引っ張り上げるしかないですね」
「・・・もし取れなかったら?」
「洋式タイプだったらまだ便器を外すことも可能なんですけど、この和式は床とくっついているので床も便器も全部壊さないといけないんです。なので全面改装ですね」
「それって・・・ちなみにおいくらくらいですか?」
「うーん、20万か30万か、もっと」
後1ヶ月で引っ越してその後は取り壊すだけの建物なのだ。
そこに20万なんて払いたくない!
「ちなみにこのまま放置して1ヶ月くらいなら使えますか?」
「いや、無理でしょう。できたとして数回で詰まります」
真っ青になっていただろう私を、業者さんは弱々しくも励ましてくれた。
「とにかく全力で頑張ってみますので!ちょっとお時間ください」