ここにはいられない
業者さんは本当によく頑張ってくれたと思う。
最初に持ってきた棒では届かず、もっと長い棒を差し入れ、便器に頭を突っ込むようにしてトイレブラシに向かってくれた。
それでもようやく触れるだけで、引っ張り上げるには至らない。
木の棒の先に釘を打ち込んでフック状にして、何度も何度もトライしてくれた。
1時間半、そうして頑張ってくれた業者さんだったが、多分もう手の施しようがないのだと感じた。
それでも釘の向きを変えてみたり、差し込む位置を変えてみたり、きっとできることは全部やってくれたのだ。
「すみません。もう大丈夫です。諦めます」
とうとう私が折れた。
これ以上無理をさせるのも悪くて。
少しでも手応えがあったなら違ったかもしれないけど、業者さんの方でも「取れそうだ」とは言わなかった。
お茶を勧めても断られ、渡そうとした代金も頑なに受け取ってもらえず、お互い頭を下げ続けながら見送ったのがさっきのやりとり。
この間、ずーっと我慢。
取れずに残っているトイレブラシの上で用を足すことにはかなり抵抗があったけど、他に方法はない。
私はよく膀胱炎になる。
初期段階ですぐにわかるので、水分を多く取ってマメにトイレに行き、菌を排出させれば大事には至らない。
だけどどうしても頻尿にはなってしまう。
行ったところで少量しか出ないとわかっていても、尿意ばかりは一人前にあるのでどうしようもない。
疲れてくると罹ってしまうので一度泌尿器科で働く友人に相談したのだけど、
「風邪みたいなものだからねー。菌が喉につくか膀胱につくかの違いだけで」
と言われてしまった。
「罹ったものを治す薬は出せるけど、罹らないようにする方法はないと思うなー。日頃から水分取ってマメにトイレに行くように心掛けることだね」
それはよーくわかっている。
看護大で教わった医学的知識ではなく、体験から学んだこととして。
回数を重ねて膀胱炎自体には慣れてしまったけれど、トイレが使用できなくなると大問題だった。
平日の昼間は職場にいるから大丈夫。
問題は夜間と休日。
膀胱炎の尿意というのは不思議なもので、事前に済ませておいても意味はなく、何にもない状態からいきなり我慢の限界がくる。
しかも水分の摂取を控えると悪化する。
その治癒にはいつでもすぐ行ける範囲内にトイレがあること、これが最も重要なのだ。