俺様ドクターに捕獲されました
「あ、本当だ」
「ん?」
柴田のおばちゃんが言っていたことを思い出し、彼を振り返り微笑む。おばちゃんの言う通りだ。一言で、充分。それだけでなんでも乗り越えていける気がする。


「柴田のおばちゃんね、旦那さんから好きって言葉もないまま結婚したんだって。だけど、一回だけ“愛してる”って言ってもらえてうれしかったって。それで充分だったって、笑ってた。魔法の言葉だったんだって」

「へー……。あの頑固そうなハゲ親父がね」


そうか。おばちゃんの旦那さんが亡くなったのは、私が五歳の頃。私はほとんど記憶にないけど、彼は憶えているみたいだ。


「優ちゃんにそっくりだって、おばちゃん言ってたよ」

「はあ!? 似てないだろ。俺のほうが百万倍いい男だ」

「優ちゃんらしい。……おばちゃんに、『俺が看取る』って言ったんだってね」

「ああ。患者を安心させるのも、医者の務めだからな」


素直じゃない言葉に、クスクスと笑いながらお腹に回った手に自分の手を重ねる。


『優くんの隣にいてあげてほしい』


そう言ったおばちゃんの笑顔が思い浮かぶ。あのときは、うなずくことができなかった。


でも、今は違う。私の心は、もう決まった。


「……ずっと、そばにいるからね」


「ああ、もう離せって言っても離さない。今度お前が逃げ出しても、地の果てまで追いかけて捕まえてやる」


「もう逃げないってば。あ、そういえば今日ね、うれしいことがあったの。あのね……」


いつの間にか、重ねていただけの手に指が絡んでいる。それをしっかりと握り返しながら、もうこの手を離さないと固く心に誓った。

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