俺様ドクターに捕獲されました
「りい」
私のことをそう呼ぶのは、この世にひとりしか存在しない。その人とは、もう二度と会わないはずだった。
だけど、会わないはずだったその人が、私の目の前にいて、勝ち誇った笑顔で私を捕まえようとしている。
手に持っていたトリートメントの道具が入っている鞄が、鈍い音をたてて地面に落ちた。
捕まったら、終わりだーー。
本能的にそう感じた私は、腕を掴もうとしていたその男から一目散に逃げた。
まさに、脱兎のごとく。
「あ、てめぇ」
後ろから聞こえてきた舌打ちを無視して、無我夢中で走る。二基あるエレベーターは、どちらも違う階で止まっていて、とてもじゃないがそれを悠長に待ってなんていられない。
私は迷わず階段を駆け下りた。しかし、ここは三十階。もし、あの人があとを追いかけてきて、エレベーターを使って一階で待ち伏せをされたら……。
思わぬ事態に遭遇して動揺しているというのに、意外に冷静な頭がそれは危険だと警鐘を鳴らす。
あの紳士的なコンシェルジュさんに助けを求めるか?
いや、ダメだ。あんなに挙動不審だった私を止めなかったくらいだ。恐らく、佳乃さんが出入りしていることを把握している。