契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
 スーツの上からでもわかってはいた。

 引き締まった身体、厚みのある胸、がっしりとした腕。ほどよく鍛えられている肉体は、多くの女性を虜にするのだろう。

 鈴音は薬を指に乗せ、おずおずと傷口のある脇腹へ手を伸ばす。薄っすら割れている腹筋を横目に、ぽつりと零した。

「柔術を習っていたんですね」

 今度はガーゼをあてて、包帯を手に取った。忍はなにも言われなくても両腕を少し上げて巻きやすいように計らう。

「柳多か。余計なことを。それを知られたら、なおのこと格好つかないだろ」

 忍がため息交じりに言うと、鈴音はくすっと笑った。その後、少しの間沈黙が流れる。

 さっきから包帯を背中に回すたびに距離が近くなってドキドキしていた。それが、会話もなくなってしまうと余計に緊張してしまう。

 あとちょっとで巻き終わる。しかし、そのあとちょっとが長い。

 一度も顔を上げず、丁寧に包帯を巻く鈴音を見下ろし、忍が口を開いた。

「今日、鈴音が気を利かせてくれたおかげで助かったよ」
「なんのことですか?」

 鈴音は包帯を止め、距離を取ってゆっくり忍を見上げる。
 忍は鈴音をまっすぐ見つめていて、その視線に鈴音はさらに鼓動が増した。

「柳多に預けてくれた薬。あのあとすぐ、痛み止め使ったよ」
「ああ! そうですか。それならよかったです」
「それに、ああいうものをもらったのは初めてだった」

 忍が優しい瞳をして言う。それは、本人も気づかず、自然とそういう表情になっていたのだが、鈴音はその顔に目を奪われる。

 意識してはいけないと警鐘を鳴らし、澄ました声を装って尋ねる。

「ああいうもの……って?」

(目を合わせたらだめだ。彼の魅惑的な声に酔わされてもだめ。平常心を保たなきゃ!)

 鈴音はどうにか視線を落とし、忍の瞳から逃れるとほっとする。

 気づけば、彼を意識しないようにと戒めなければ、うっかり惹き込まれてしまう。そんな自分の変化に焦燥感を抱く。
 この先にある結論に辿り着くのが怖くて、知らないふりをする。

 心の中が混沌としている最中、忍が口を開く。
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