契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
 忍は一瞬目を丸くしたが、すぐに元に戻って一笑する。

「嫌いだよ。父としても、社長としても好きじゃない」

 そして、長い足を組み、おもむろに背もたれに凭れて言った。
 鈴音は忍の声色が冷たくなったのを感じ、真剣な顔つきで彼の様子を窺う。

 忍は少し迷っていたが、何気なく視界に入った鈴音の左手を見て口を薄ら開いた。

「オレは日本だけじゃなくて、世界にローレンスを広めたい」

 忍はマグカップから立ち上る湯気を見つめ、鈴音はそんな彼の横顔を食い入るように見ていた。

 その表情の本質は、いったいなんなのか。
 熱心な瞳であることは確かだ。でも、聞かされた話はまだ抽象的で忍の本音がわからない。

 鈴音は片時も目を逸らさず、試すように問う。

「それは、私利私欲のために?」

 そうでないとは思っている。
 だけど、鈴音の知る忍とは社外の彼がほとんどで、会社でどんな顔をしているのかなどほぼ知らない。

 鈴音が緊迫した様子で答えを待っていると、忍は堪らず失笑した。

「鈴音は直球だな。まあ、そう言われたらそうなのかもしれない」

 本当は、『違う』と否定してほしくて投げかけた質問でもあった。予想外に肯定されてしまって、鈴音は呆然とする。

 そのとき、鈴音は自分の気持ちを改めて知った。

(私は、忍さんが横暴で自分のことしか考えてない人だと思いたくないんだ)

 今、もしも自分の希望が打ち砕かれたとしたら、この気持ちはどうなるのか。
 鈴音は不安を抱きつつ、口を引き結ぶ。

(真実を受け止めず、自分の欲望で相手を美化するなんて)

 それは暗に、現実を捻じ曲げてでも忍を心の中に置いておきたいという欲望の現れなのではないかと気づくと、鈴音は焦燥感を抱いた。

 忍を特別視した時点で、約束を反故にすることになる。

 これ以上は追求しないほうがいいとブレーキをかけたところで、忍が動いた。

 足を元に戻し、両肘を腿に付くと今度は前屈みになる。
 相変わらずコーヒー一点を見つめ、ひとりごとのように話を続けた。
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