契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
 忍と至近距離で目を合わせることなど、この流れでなくとも冷静じゃいられない。

 鈴音の頬は真っ赤に染まり、暴れる心臓のせいで瞳は潤んでいる。忍は間近で観察するように見つめ、可笑しそうに目を細めた。

「別に気にするほどじゃないだろう。鈴音は変わらないよ」

 いつも涼し気な目をしているのに、不意に柔らかな眼差しに変わる。

 鈴音は忍のそういう表情が好きだ。しかし、彼の『鈴音は』という言い方に引っかかり、心に影が差した。

 睫毛を伏せ、どこか虚しい気持ちでいると、忍が続ける。

「親父が選ぶモデルのなかには、ずいぶん変わる女もいるからな」

 嘲笑して鈴音の手を離し、座りなおす。初めに座っていた位置よりも鈴音に近い。

 鈴音は腕を伸ばせば触れられる距離にドキドキとしつつ、忍の発言はモデルと比べていたのだと、無意識にほっとする。
 鈴音は膝の上で両手を揃えると、視線を落として呟いた。

「メイクを落とすの、もったいなかったなあ」

 あんなふうに自分が変われるなんて思いもしなかった。

 見た目はもちろん、心境の変化にも驚いた。
 メイクをしてもらったあと、ほんの少し足取りが軽くなり、鏡を見たときには自分が自然と微笑んでいるようにも見えた。

「そんなふうに言えば、メイクしたうちの社員は、BA冥利に尽きるだろうな」

 忍が破顔してうれしそうに言った。
 鈴音は今ならなんでも話してくれそうな雰囲気に感じ、忍をジッと見ていた。

「どうかしたか?」
「いえ……。あの、忍さんはお父様と……折が合わないんですか?」

 穏やかな空気に後押しされ、鈴音は勇気を出してこの間から気になっていたことを口に出した。

 忍といればいるほど、彼が利己的になにかを企てているようには思えなかった。
 単なる父親の反発心からという感じもしない。
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