契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
(ダメだ。埒があかない)

接客という仕事柄、いろんなタイプの人間に対応してきた。

人当たりがいいタイプや、態度が冷たいタイプ。自分の要望ばかりを押し付ける人もいれば、メーカー側の事情に納得してくれる人。

懇切丁寧に話をすれば、大抵の人は最終的に理解してくれる。だが、稀に、どうやっても話が通じない相手もいる。

今、鈴音が直面している山内という男は、まさに後者で、なにを言っても響かない相手だ。

鈴音は、もうどうしたらいいのかわからず、じりじりと後退る。

(このまま走って逃げても、追ってこられちゃったら家がバレるし……。警察は近くにない)

その時、自身がずっと握り締めている携帯の存在に気がついた。人通りのある道に戻って、110番にかければいい。そう考え、実践しようとしたが、ふっと頭を過る。

(この混乱した頭でうまく端的に説明できる? 説明の途中で電話の邪魔だってされるかも)

追い込まれているせいか、マイナス思考に囚われる。

――『毎日きみを守ってやる』

不意に、忍の声が頭の奥から聞こえてきた。

(確かに、警察に今、助けてもらっても、毎日守ってくれるわけじゃない……)

それでも、鈴音はまだ迷っていた。
しかし、山内が一歩足を踏み出したのを引き金に、迷いも吹き飛び、一番最近の履歴から発信した。

山内から目を逸らさず、少しずつ後退しながら呼び出し音を聞く。二回目で『はい』と低く落ち着いた声が耳に届いた。

すぐに通じた電話に、ほんの少し気が緩む。けれど、目の前にいる山内の視線が怖くて再び表情が強張る。
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