契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
食事を終え、ふたりは真っ直ぐ駐車場へ向かう。
本当の婚約者だったなら、このあとはスイートルームにでも行って、夜のひとときをゆっくり過ごすのかもしれない。

鈴音が助手席へ乗り、シートベルトに手を伸ばしたときだった。
忍に「鈴音」と呼ばれ、振り向くと右頬に大きな手を添えられる。不意打ちの接触に息が止まる。

「少し、そのまま」

忍が真剣な顔つきで言い、鈴音の唇を拭った。

(いつの間にこんなものを……?)

鈴音は拭かれているものはメイク落としシートだとわかると、疑問が湧く。しかし、それよりも、自分の唇が注視されている状況に意識を奪われる。

口元をジッと見つめられてしまうと、まるでキスする手前のように感じてしまって落ち着かない。
忍とは、一度キスしているせいもあってなおさらだ。

目のやり場に困る鈴音は、視線を落とし、左右にそわそわ動かしながら時が経つのを待った。
数秒後、忍が「よし」と言って、鈴音の顔から手を離す。

「……あの。やっぱり、変……だったんですよね?」
「鈴音に似合っていないことはわかってた」

鈴音がおずおずと口を開くと、忍が即答した。似合っていなかったのは自分がよくわかっていたのに、ハッキリ答えられると複雑な心情になってしまう。

それに、似合わないと思っていて、なぜそれを渡してきたのか。

(自社の〝売り〟だったとか? お父さんが社長なわけだし、そういうところにも気を遣った婚約者だと見せるため?)

思い返せば、二度目に会ったときに、忍は鈴音の唇を見て、ローレンスのリップだと言い当てていたくらいだ。父である光吉だって、そのくらいわかるのかもしれない。

そうだとして、駐車場で即、口紅を落とされるのは余程おかしかったのだろう。言ってしまえば、今日着ている服もアクセサリーもなにもかもが身の丈に合っておらず、浮いていたのかも……と不安になった。

表情を曇らせた鈴音は、さらに俯く。
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