契約婚で嫁いだら、愛され妻になりました
「いただきます」
「あ、はい……」

行儀よく手を合わせる忍をチラッと見た。

一緒に暮らして数日。鈴音は忍という人間を少しずつ知っていっている。
彼は、大抵九時頃までに帰宅するものの、家でもなにか仕事をし、日付が変わる頃に休んでいるようだった。

朝はほぼ決まった時間に起きてきて、こうして食事をするときには鈴音が座るのを待ち、きちんと挨拶をしてから箸をつける。

これまでの忍は強引な印象が強かったせいもあり、身勝手で傲慢な男っぽいと思い込んでいた。だが、普段の生活からはそんな部分は感じられず、拍子抜けすることばかり。

(会社では、どんな感じなのかな)

鈴音は味噌汁に口をつける忍を見つめ、ふと疑問を抱いた。そのとき、不意に忍が目だけを鈴音に向けた。

「鈴音。今日、予定通り迎えに行く。六時過ぎでいいんだよな?」
「え? はっ、はい」

急に怜悧に光る瞳を向けられた鈴音は背筋を伸ばし、目を瞬かせる。数日前に約束はしていた話だが、正面から視線を向けられて動揺した。

「悪いが、今日は残業の申し出があっても断れよ」
「わかってます」

忍は箸を置いて淡々と言った。鈴音も同じようにあっさり答えると、忍が「ふっ」と小さく笑いを零す。

「ま、オレ達(こっち)もビジネスだしな」

忍は形のいい唇に微笑を浮かべる。カチャカチャと食器を重ね、立ち上がった。

(ビジネス……? ああ、そういうことか)

鈴音はぽかんとして忍を見上げ、すぐに理解した。
忍は鈴音があの三百万を受け取ったと思っている。だから、皮肉めいて笑い、そういう言い方をしたのだ。

「じゃ。オレは先に出る」

忍がいつの間にか食器をキッチンへ下げ終え、鈴音に背を向ける。広い背中を微妙な気持ちで見つめる。あと一歩でリビングから出るというところで、忍が「ああ」となにか思い出したように足を止めた。鈴音は顔をパッと元に戻し、食事を続けていたふりをする。

忍は、姿勢のいい鈴音の後ろ姿に向かってひとこと言う。

「ごちそうさま。行ってくる。鈴音も気をつけて行けよ」

リビングのドアが閉められ、忍の姿が見えなくなる。

「……ビジネスだって言うなら、気遣いなんてしなくていいのに」

鈴音は食べかけの朝食に向かってぽつりと漏らした。
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