アレキサンドライトの姫君

-3-

その人物は静かに扉を閉めると、柔和な笑みを湛えてエーデルを見つめたまま、エーデルとディルクが腰掛けるソファの向かい側へと腰を下ろした。

「お邪魔させてもらうよ、兄さん」
「ヴェルホルト…」

ディルクの口から零れたその名にエーデルは思わず息を呑む。
ーーーこの方が、第二王子…ヴェルホルト殿下…。

「初めまして、アレキサンドライトの姫君。僕もエーデルって呼ばせてもらってもいいかな」
「は、はい…」
「あ、僕のことはヴェルホルトって呼んでね」

柔らかな物腰、人懐っこい物言い、満面の笑み。その全てに違和感が漂い、戸惑いしかない。
ディルクと同じ顔立ち。なのに、表情も仕草も全然違うから違和感を感じてしまうのだ。
これが俗に言う一卵性双生児(ふたご)というものなのだろうか。
その存在自体は知識として知ってはいるものの、実際に双生児(ふたご)に会ったことがなかったエーデルは驚きのあまり閉口していた。
しかし、見比べれば見比べるほど二人の違いが明確になる。
同じ目鼻立ちをしているものの纏う空気感がまるで違うせいか、見慣れてくると全然別人に見えてくるから不思議だ。
明哲さを湛えた鋭い雰囲気のディルクと、柔和で嫋やかな雰囲気のヴェルホルト。
ディルクが琥珀と黒曜石の虹彩異色症(ヘテロクロミア)なのに対し、ヴェルホルトは両眼とも琥珀色。
ディルクは長身で美しく程よい筋肉質な体躯だが、ヴェルホルトは全体的に線が細く華奢という表現が似合う儚げな印象だった。

「あ、もしかしたら物凄く驚いてる? そういう反応、久しぶりだからなんか新鮮だな」
「申し訳ありません…っ。双生児(ふたご)に初めてお会いしたもので…つい」

はしたなくも好奇の眼差しで二人を見比べてしまったことを恥じてエーデルは慌てて頭を下げた。

「そんな風に見られたのは久しぶりだよ。ね、兄さん」
「そうだな」

相槌を打つディルクの表情はどこか警戒の色が浮かび、二人の間に流れる空気が張り詰めているように感じる。

「近くで見れば見るほどすごい瞳だね。本当に、本物のアレキサンドライトみたいだ」

そんなディルクの様子にも気を留めず、ヴェルホルトは身を乗り出すようにしてエーデルの瞳を覗き込んだ。

「貴女と初めてお会いしたのは先日の謁見の間だったけど、なんて綺麗な人なんだろうと一目で魅了されてしまったよ」
「そのようなこと…。私には勿体ないお言葉です」
「ーーーで? 何か用か、ヴェルホルト」

ヴェルホルトとエーデルの会話を遮るように抑揚のない声音で静かにそう問いかけるディルクは、足を組み直しながら背もたれへ深く身を預ける。

「いや、特に用ってわけでもないんだけどね。エーデルがここにいるってミーナに聞いたからぜひお会いしたくて。ごめんね、兄さん。邪魔者は退散するから。エーデル、今度お茶でもしようね」

困ったように笑いながら無邪気な様子でエーデルに小さく手を振ると、ヴェルホルトは静かに退室していった。何となく釈然としない感じが拭えずにいるエーデルはその扉へ目を遣ったまま離せずにいた。
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