アレキサンドライトの姫君
そんな国の都に建つ一軒の屋敷にエーデルシュタインの姿はあった。
伯爵号を持つ父と優しい母、眉目秀麗・才色兼備と名高い自慢の兄とまだ幼い可愛い弟に囲まれ、特別名家というわけでも大富豪というわけでもないが、何一つ不自由のない屋敷(いえ)での和やかな暮らしはいつも幸福感に包まれていた。
母のピアノの音色に合わせてアリアを歌い、庭の薔薇を愛で、兄からは勉学を。
幼馴染とお茶を楽しんだりレースを編んだり本を読んだり、時には舞踏会に出かけたり。
普通の貴族の娘らしい幸せな日々。
しかし、ただ一つ、他の貴族の娘とは違う点が彼女にはあった。
それは。
『アレキサンドライトの姫君』という呼び名と共に、絶世と謳われる美貌の持ち主であるということ。
神の慈愛を一身に受けたような、一目で万人を魅了する事のできる美貌。
絵画でも美術品でも、ましてや生きた人間でこれほどまでに美しい女性など見たことがないと、彼女を見た者は口々にそう語り、その噂は国中だけに留まらず近隣諸国にまで広まっていた。
金糸のような黄金色の長い髪、透き通りそうなほどに艶やかで白い肌。そして。
『アレキサンドライトの姫君』と呼ばれる所以は、世にも珍しい変色効果の瞳の持ち主であるからだ。
太陽光の下では緑色にそして蝋燭の灯りの下では赤く、薄闇の中では群青色に輝くという極めて希少価値の高い宝石、アレキサンドライトの瞳を持つ姫君。
神々の最高傑作だと称される美貌はまるでこの世に存在する美の全てを注がれたようで、見惚れない者などいない。
多くの者に容姿を褒め讃えられても彼女自身はさほどそれを気に留めず、年頃だというのに求婚者たちを誰一人として興味を持つこともなく次々と一蹴していた。
そんなある日のことだった。
エーデルが私室で読書をしていると、父が珍しく狼狽した様子で慌てて駆け込んできた。
そして、その口から告げられたのは衝撃の一言。
「お前を迎えに…隣国の王家の使者が来た」と。
両親が使者から聞いた話によると、隣国の王子が彼女を妃に所望しているらしい。

「今すぐ、その身一つで我がハインリヒ王国へ来ていただきたい」

まさに青天の霹靂。
両親も本人すら事を理解できないまま、否応なしに王家の紋章が印された豪華な馬車へと押し込まれ、まるで誘拐されるが如く着の身着のまま連れ去れられた。
途中食事や休憩のため何度か外には出れられたものの彼女に与えられたのは僅かな時間だけ。
昼夜ただひたすら馬車をすごい速度で走らせ、馬の身体的負担を考慮してかエーデルの休憩の度に待機していた別の馬車へと乗り換えをして、やがて宮殿へと辿り着いた。
激しい馬車に三日三晩揺られ続けたエーデルは疲労困憊で、睡魔と倦怠感と極度の疲労に耐え切れず馬車から降りるなり倒れてしまった。
それからどれくらいが経ったのか、豪奢なベッドの上で目覚めるとそれを待ち構えていた侍女たちの手によって湯浴みをさせられ完璧な身支度を整えさせられて…。
そして、今、ここに居るのだ。
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