アレキサンドライトの姫君
母譲りの自慢の金髪は高く結い上げられて毛先を緩く巻かれ、その結び目を隠すようにドレスの生地と揃いの髪飾りに宝石が散りばめられたものが彩る。身につけているドレスは玉虫色でエーデルが持っていたどのドレスよりも上質な絹がふんだんに使われた華やかなものだった。
豊かな胸の膨らみにも、コルセットで身体の形を整える必要のないほど細く括れた腰にもぴったりと沿いながら美しいラインが描かれ、まるで彼女の身体を採寸して作られたもののようだった。
そして、胸元に輝いている首飾りは大きなアレキサンドライトの周りにダイヤモンドが配された目も眩みそうなものだ。
肌や髪に塗りこまれた薔薇の香油が鼻孔を擽る。
女性であれは誰でも舞い上がりそうなほどに磨き上げられたというのに、エーデルにはそれを楽しむ事など今は出来るはずもない。
疲労と緊張と混乱と。
それらに支配された心身はただここに立っていることだけで精一杯で。
ただ一つ分かっているのは、ここは隣国の王宮で、目の前にいるのは国王とその王子たち。
自分が逆らえば、愛する母国になんらかの影響が出るかもしれないというその不安と恐怖。
今にも倒れてしまいそうな眩暈に襲われながら、かすかに震える身体をそのままにエーデルは玉座を見据え、気を奮い立たせてドレスの両脇を軽く摘んで会釈をした。

「初めてお目にかかります。エーデルシュタイン・フォン・クラウゼヴェルクでございます。アーデルベルト国王陛下におかれましてはご機嫌麗しく…」
「そのように堅苦しい挨拶などせずともよい。それよりも、まずは貴女を強引で手荒な真似でここに連れてきてしまった非礼をお詫びしたい」

王の口からまさか謝罪の言葉が出てくるとは思ってもおらず、エーデルシュタインは驚愕のあまり閉口した。

「馬車から降りた途端倒れたと聞いたが…お身体の具合はもうよろしいか?」

よろしいかと聞かれれば素直にはいと答えることは出来ない。
足は立っていられるのが不思議なほど震えているし、まだ馬車に揺られているような感覚が残る身体は疲労感に浸されて今にも崩れ落ちてしまいそうなほどだ。
返事が出来ずにいるエーデルを見兼ねたのか、別の声が広間に響いた。

「父上。一先ずエーデルを下がらせます。また後日改めて二人でご挨拶致します」

聞き覚えのある声だった。
いや、そうではない。
彼女が恋い焦がれて会いたくて切望していた愛しいかの人の声を聞き間違えるはずもなく。
エーデルはその声の主へと視線を向ける。

「あ…貴方、は…」

白く靄がかかっていたような視界が一気に晴れる。信じられない光景を目の当たりにし、エーデルはそのまま意識を途切らせた。

「エーデル…!!!」

慌てたように自分の名を呼ぶ愛しい人の声を聞きながら誰かの温もりに包まれたのを感じた。
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