アレキサンドライトの姫君
「…それでは、エーデルシュタイン様。以上のことを踏まえ、明日の夜会にご出席ください。私は明日は朝から夜会の準備に奔走せぬばならず講義には来られませんので」

イルザと一緒にここで軽い夕食を済ませても尚、講義は続いた。
明日に迫った夜会を前に最後の追い込みというべく、イルザの講義は宮廷における礼儀作法やしきたりの確認に余念がなかった。

「わかりました。ありがとうございます、イルザ女官長」
「何かわからないことがあったとしても、ディルク様がきっと助けてくださいます。エーデルシュタイン様はただ常に笑顔でいることを忘れずに。我が国の主要貴族の方々に好印象を与えるのが一番の目的ですから」
「はい」
「宝石は宝石らしく…ただ美しく輝いていれば宜しいのです」

聞こえるか聞こえないかというほどの小さい呟きが聞こえてしまったその時、エーデルは、彼女が自分をただのお飾りとしか思っていないことを悟った。
このハインリヒ王国に於いてアレキサンドライトは王家の象徴。
その瞳を持つ自分はただの王家の飾り物だと。
改めて突き付けられたその事実に愕然としながらも、エーデルも小さく呟いた。

「宝石を眩いほどに輝かせるか曇らせるかは、全て状況次第」

王家のために輝いていろと命じるならばその状況を整えるのも当然だろう、と暗に伝える。
退室するために歩き出していたその背中が一瞬止まったのを一瞥すると、エーデルは教本に視線を落とした。
扉の開く音が聞こえ再び閉じる音がするのを待っていると、

「イルザ。今日も講義に来ていたのか」

背後でディルクの声がした。
思わずびくりと肩が跳ねる。

「はい。エーデルシュタイン様が体調不良との連絡をいただき、午後からになりましたが」
「そうか」
「あ、ディルク様。お話があります。後ほどお部屋に伺っても宜しいでしょうか?」
「ああ、分かった」
「それでは、後ほど。…エーデルシュタイン様、明日のご健闘をお祈りしておりますわ」

…ぱたん。
目も遣らず、全てのやり取りを背中で聞いていた。
ディルクが歩み寄ってくる気配にも顔を上げることができず、エーデルは教本をただ凝視したまま。

「エーデル」

名を呼ばれ、肩に手を置かれても顔を上げない。

「身体は大丈夫か?」
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