アレキサンドライトの姫君

-5-

なんて可愛げのないことを言っているのだろう。
そう思いつつも複雑な感情が渦巻いて涙が止まらない。

「妬いているのか?」

いつの間にか背後に歩み寄られていて、尋ねた吐息が耳を掠めると無意識にも肩が小さく揺れ、それでも虚勢を張るのを止められなかった。

「何か妬かれるような後ろめたいことでもあるのですか?」
「それとも、拗ねているのか?」
「拗ねてなんて、いません」

問いを問いで返されうまく躱された気がするのは気のせいではないはずなのに、上手く言葉が出てこない。
指先で涙を拭いながら窓に目を遣れば、反射した硝子に映ったディルクがエーデルを愛おしげに見つめているのが目に入った。
ーーー何故、そんな瞳で…?
思わず視線を床に落とす。

「エーデル…」

名を呼ばれながら肩を包み込むように抱き寄せられ、肩口に顔を埋められる感触に皮膚が粟立つ。

「一度抱いてしまえばああして朝まで抱き潰してしまうのは分かっていた。それでも、どうしても止められなかった」
「…んっ」

肌を撫でる吐息に何故こんなにも敏感に反応してしまうのか。
甘い疼きが全身を駆け巡り体温が上昇していくのが分かる。

「貴女があまりにも愛おしくて美しくて、貪欲になりすぎた。それに、優越感に支配されていた…というのも否定できない」

喋る度にその唇からの振動が肌をざわめかせ、皮膚の奥の熱に変わる。

「…優越感?」
「貴女のあんな麗しい姿を、貴女の艶めいた鳴き声を、見聞き出来るのは私だけだという優越感」

肌を啄むように小さい口づけを繰り返し、その度にわざとらしく音を立てられて、それだけで崩れ落ちてしまいそう…と恍惚に瞳を閉じようとしたその時。

「駄目ですっ」

はっと我に返って身を捩り、ディルクの手から逃れた。
明日は夜会。
ただでさえ首と胸元の口づけの痕が残っているというのに、これ以上付けられては隠すのも難しくなってしまう。

「やめてください…これ以上痕がついたら…っ」
「痕? …ああ、それなら隠す必要などない。どれだけ私が貴女を愛したのか、皆に見せつけてやるといい」

焦りながら本気で心配するエーデルを余所に、愉しげにそう言い切ったディルクに憤怒してしまう。

「なんて身勝手な」
「身勝手?」
「そうです! ディルク様はそれで良いかもしれません。しかし私は…、婚約披露の場だというのに…身体中の印を晒して多くの者から好奇の目を向けられ蔑まれることになるのですよ。…ディルク様は何も分かっていらっしゃらない…。イルザ女官長のお叱りでも手解きでも、いくらでもお受けになれば宜しいのだわ」

支離滅裂な謗り言を言い放ち、その途端に後悔と自責の念が押し寄せ加えて訳のわからない恥ずかしさも込み上げて、エーデルは居た堪れず部屋を飛び出した。

「エーデル!」
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