アレキサンドライトの姫君

-6-

惹きつけるだの、惑わせるだの、掻き乱すだの。
ハインリヒに来てからよく言われる気がする。
そんな気は毛頭ないのでとても不本意であり、それがあまりにも続くと辟易を通り越して腹が立ってくる。
しかし、この幼い王子には弟のような愛しさしか湧いてこない。

「姫? 何故笑っているのですか? 僕の顔に何か…?」

小首を傾げながら見上げてくるグランツにエーデルは笑みを深くして、

「申し訳ありません、殿下。私には弟が居りますので…、畏れながら殿下につい弟の面差しを重ねて懐かしくなってしまって…」

正直にそう伝えると、グランツも微笑んだ。

「それなら、僕も姉様とお呼びしましょうか?」
「まぁ!」
「でも、本当は…。貴女を姉などではなく、僕の妃にしたいのです。初めて貴女にお会いした時、一目で貴女を好きになってしまいました」

突然告げられた言葉に驚きつつもエーデルは諭すように穏やかに言葉を紡ぐ。

「殿下は勘違いをなさっておいでなのです。ただこの瞳が物珍しいだけ」

要はそれなのだ。
本来なら隣国の一伯爵家の娘であるエーデルはこんなことでもなければ一生母国から出ることなく暮らしていたはず。
しかし、思い掛けずにこうしてハインリヒの王宮に来て、『アレキサンドライトの姫』という呼び名が広く知れ渡ってしまっているこの現状と、思いの外身近になったその存在に噂の真相をこの目で確かめようと興味本位で近づいてくるだけ。

「勘違い?」
「そうです」
「まぁ、例えそうだとしても…。でも、僕は…」
「殿下…」

大きな瞳に涙を浮かべた王子の頬に思わず手を伸ばした。

「…『ヴァルトニアの国宝は、私が頂戴します』…か。そう書いた人の気持ちがよく分かります」

愛らしい言動に惑わされているとも知らず、頬に当てがった手のひらに頬を擦りつけながらそう呟く王子に愛おしさが溢れる。
その時。

「う…っ!」

グランツの身体がぐらりと後方へ傾いた。苦痛に歪む表情と呻き声に、一瞬何が起こったのか分からなかった。

「エーデルに触れるな」

月光の淡い光に照らされたその美しい顔容が恐ろしいほどに冷酷な形相を湛えて、グランツの両手を捻り上げていた。

「ディルク…様…」

その声の主の名を呼び、エーデルは柱へ背を預けたまま腰が抜けたようにその場に座り込んだ。

「行くぞ、エーデル」

ディルクはグランツを引き剥がすと、エーデルの身体を抱き上げて冷たい闇の廊下へ靴音を響かせて帰っていった。
一人残されたグランツはその後ろ姿を忌々しげに見つめていた。
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