アレキサンドライトの姫君
瞼の上に光を感じて、エーデルは瞳を開いた。
一体何日眠っていたのだろうか。
辺りを見回しながら半身を起こすと、ちょうど侍女らしき女性が部屋に入ってくるところだった。

「エーデルシュタイン様!! ああ…良かった。お気付きになられて」

エーデルの姿を捉えた侍女が手にしていたトレイをテーブルへと置いてからベッドサイドに駆け寄ってきた。

「ご気分はいかがですか? 4日間も眠り続けていらっしゃったのでこのままお目覚めにならなかったらどうしようかと心配しておりました」

優しげな目元に涙を浮かべたその侍女はエーデルの手を取りながら心から安心したように微笑んだ。
その次の瞬間。

「あ! も…っ、申し訳ございません。私ったらエーデルシュタイン様のお手を…っ!」

咄嗟に握っていた手を離し、深々と頭を垂れた。

「いいのよ、どうか謝らないで。私の方こそごめんなさい。貴女に心配をかけてしまったわね」
「エーデルシュタイン様…」
「それと…ありがとう。貴女が私の看病をしてくださっていたのでしょう?」

そう言いながら、エーデルは自分の胸元に流れる黄金色の髪を一房手にとって撫でた。
4日間も寝たきりだったという割には髪は寝乱れたり絡んだりしていない。
それどころか、艶やかに輝いている。きっと念入りに梳いていてくれたのだろう。
それに、エーデルが倒れた時は正装をしていたはず。
それを寝衣に着替えさせたり化粧を落としたり身体を拭いたり…一通りの身の回りのことを全てやってくれていたに違いなかった。
伯爵令嬢として生まれたエーデルは、これまでも侍女の手を借りて入浴や着替えをしていた。
だから、侍女という立場の者であるならば身体を見られることに羞恥や戸惑いはない。
むしろ自らの手を煩わせるということの方が貴族の娘らしからぬ振る舞いだという認識が一般的なのだ。

「申し遅れました。私は、畏れ多くも王太子殿下より直々にエーデルシュタイン様付きの侍女となるよう申し付けられましたミーナ・ボルテリンクと申します。このように美しくお優しいエーデルシュタイン様にお仕えできるなんて身に余る光栄です」
「ミーナ、よろしくね。私のことはエーデルと呼んで頂戴ね」
「エーデル様、こちらこそ宜しくお願い致します。誠心誠意、エーデル様にお仕え致します」

ミーナと名乗った侍女はエーデルよりも少し年上といった印象の清楚な女性で、優しい目元に安堵感を覚える。

「エーデル様、無礼を承知で申し上げても宜しいでしょうか?」
「ええ。何かしら?」

申し訳なさそうに眉を寄せて言いにくそうにしていたミーナだったが、エーデルの優しい声音と笑顔にそれを解きほぐされたのか、思い切った様子で口を開く。

「噂には聞いておりましたけど…、エーデル様の瞳があまりに綺麗で…吸い込まれてしまいそうです。微妙な距離とか角度でお色が変わるので…とても不思議で、本当にアレキサンドライトの様で…」
「ふふ。ありがとう」

幼い頃から会う人会う人にそう言われ辟易していた言葉のはずなのに、この状況下では何故かとても嬉しいものに聞こえる。
それはとても新鮮で、エーデル自身にも驚きを与えた。

「殿下が一目で心を奪われたと申していた理由がわかります」

恍惚とした表情でそう続けたミーナの言葉を聞き、ふと気になったことを尋ねてみる。

「ミーナ。あの、殿下…というのは?」
「はい。我がハインリヒ王国第一王子・ディルク王太子殿下です。エーデル様はディルク殿下のお妃様としてお越しいただいた次第です。…あ! 殿下にエーデル様がお目覚めになられたとご報告しなければ!」
「ちょ、ちょって待って、ミーナ」
「はい、何でしょう?」
「もしかして…私が眠っている間に殿下がこちらに来られた…かしら?」
「はい、とてもご心配なさっておいでで、何度もいらっしゃいましたよ。第二王子ヴェルホルト殿下とご一緒に来られたこともございました」
「そう…」

やはりあの時の会話は夢ではなかったのだろうか。

「謁見の間でお倒れになったエーデル様を抱きかかえてこちらに運ばれたのもディルク殿下ですよ。あ…そういえば、ディルク殿下がエーデル様にお薬を…」
「え?」
「宮廷医師が処方した薬を、ディルク殿下がエーデル様にお飲ませになりました。その…口移しで」

そう言いながら、ミーナは頬を赤く染めた。
口移しで?
心の中で問い返しながら指先を思わず唇に当てると、ミーナの紅潮が伝染したのかエーデルの頬にも熱が宿る。
しかし、その薬のおかげなのか、4日間も眠ったせいなのか。
身体が嘘のように軽かった。
三日三晩激しい馬車に揺られ続け、ろくに寝ることも休憩も取れなくて疲労困憊だった身体は立つことさえ危うかったというのに。
あろうことか、国王陛下の御前で気を失ってしまうという失態まで起こしてしまった。
…と思い出し、途端にいろんなことが心配になってきた。
家族はどうしているのだろうか。
あんな風に連れ去られ、さぞ心配していることだろう。
そんなことを思案していると、ドアのノック音にそれを遮られる。

「あ、きっと殿下ですよ」
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