誰も知らない彼女
人を簡単に恐怖のどん底に突き落としてしまいそうな表情。


それだけがここにいる全員にとって凶器となるかもしれないのだ。


そう思っていたのは若葉も同じだったようだ。


私に向けていた不気味な笑顔がまるで嘘のように、今ではまばたきをしている。


表情の切りかえにびっくりするが、いつまでもこんなことをしている場合じゃない。


由良が秋帆に不敵な笑みを見せている間に、バッと由良の手を思いっきり振り払った。


振り払ってすぐに由良から離れてジャージの袖をまくると、腕にくっきりと爪の跡が残っていた。


よほど強く握っていたのか、いくつかの跡の中に血がにじみでているところもある。


傷は浅いけど、放っておいたらこの傷にさらに痛みが帯びる可能性があるから、授業が終わったらすぐに保健室に行かないといけない。


それにしても先生、遅いな。


いつになったら授業がはじまるんだろう。


ステージ側の壁にかけられた時計を見てみると、もう授業がはじまって20分が経過していた。


あれ? チャイムって鳴ったっけ?


いつもは体育館内でも響くくらいの音量でチャイムが鳴るのに、今の時間は聞こえなかった。


もしかしたら、秋帆たちの叫びでチャイムの音がかき消されたのかも。


なんて考えている間に由良が離れた私の存在に再び気づき、勢いよくつかみかかってきた。


由良の行動に目を見開くしかない。
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