あなたしか見えないわけじゃない


「志織、ちょっと痩せただろう」

洋兄ちゃんに会うのは2ヶ月振りだった。

「洋兄ちゃんは日焼けしてますます格好良くなったね」
ニヤニヤしたら
「真面目に言っているんだよ」
と叱られてしまった。

洋兄ちゃんは2ヶ月間離島の診療所のドクターをしていたのだ。昨年も2ヶ月程行っていたから今回で2度目だ。
以前、お世話になった先輩医師が体調を崩して都内の病院で治療することになり、その間の代理診療をしていた。

離島から戻った洋兄ちゃんに食事に誘われこうして和食の店に来て席に座った途端叱られた。

「ふざけたわけじゃないよ。ごめんなさい」

何だろう。洋兄ちゃん相手だと素直に謝ったりする事ができる。

「志織、何かあった?」

どきん。
彼の事で不眠になったり、食欲がわかないことが増えているけど、洋兄ちゃんに彼の話はしたくない。

「……ないよ」

私をじっと見つめて「そう」と洋兄ちゃんが言った。

「志織」

「なに?」

「俺との約束は覚えてる?」

「もちろん!忘れるはずなんてない。大丈夫」

それは忘れてない。洋兄ちゃんに頼らなきゃならない状態じゃないから、大丈夫。

ニコッと笑った私を見て「それならいい。忘れてないなら」そう言ったけど、機嫌は悪そうだ。

話を変えよう。
「洋兄ちゃん、今年の夏休みはどうするの?」

「実家に帰るかどうかって?まだ決めてないよ。志織は?」

「私ね、久美さんとこに行こうかと思って」

「姉さんとこって、北海道?」

洋兄ちゃんは驚いたようだった。
久美さんは今、ご主人と北海道にいる。転勤族のご主人に付いて全国移動の転勤生活。
以前、大変だねと言ったら「子供がいないから、大変じゃないのよ。新しい環境を楽しんでるわ」とポジティブなお返事だった。

「洋兄ちゃんと実家に行った時も久美さんと旦那さんにだけ会えなかったし。会いたくなっちゃったんだよね。それにラーメンもカニもお寿司も食べたい」

えへへと笑うとちょっとだけ洋兄ちゃんは変な顔をした。
「他に夏休みの予定はないのか?」

「ないよ」
彼は夏休みを使ってイギリスに行くと言ってたからね。彼の中に私との予定はない。

「夏休みに私はカニを食べに行くんだってば。函館で飛行機降りて、レンタカー借りて、小樽でお寿司を食べて札幌の久美さんとこに行こうかなとか。釧路まで飛行機で行って周遊してから札幌入りするとかいろいろ考えているんだよ」

「まさか、志織1人で?」

「そうだよ」

「お袋たちは誘わないの?」

「うちの親たちと金沢に行くらしいよ」

「じゃ、志織もそっちに行けば?」

「やだ。久美さんに会いたいし。何で?私が久美さんとこに行くの洋兄ちゃんは反対なの?」

「初めから新千歳空港に降りて姉さんとこに行くならいいけど、志織は1人でレンタカーであちこち行くつもりでしょ。危ないし心配だ」

「洋兄ちゃん、私、子どもじゃないんだからね。ひとり旅くらいできるよ」

「ひとり旅なんて今までしてないだろ」

「してないから、やるの」

「心配だ」



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