あなたしか見えないわけじゃない
何だか今日の洋兄ちゃんはおかしい。

「もう休みは取ったの?」

「まだ。来週にでもみんなが希望してない辺りでお休み希望を出そうと思ってるよ。久美さんはいつでもいいって言ってたし」

「そうか」と言いながら胸もとからスマホを取り出してどこかに電話をかけ始めた。
いくらここが個室だからって食事中にいきなり電話をかけるなんて洋兄ちゃんらしくない。

「あ、姉さん?志織の夏休みのことだけど」

相手は久美さんだ。
どうやら、私をひとり旅させないように久美さんを付き添わせるつもりらしい。

洋兄ちゃんの電話を持ってない方の腕をツンツンと引っ張ってみるけど、私をチラッと見ただけで無視した。

「……うん、よろしく。じゃ、また連絡するから」
ほんの数分で姉弟の会話は終わったらしい。

「志織、休み中は姉さんが一緒に回るから。2人で行きたい所に行っておいで」

「えー、何それ。妹の自立の邪魔してる!」
出た。過保護。

「お兄さま。志織は今年でもう27才になります。子ども扱いはやめて下さい」
背筋を伸ばして真面目な顔をして言ってみるけど無駄だった。

「志織。いい子だから言うこと聞いて」
洋兄ちゃんは絶対に譲らない。昔からそうだ。

「洋兄ちゃんのいじわる」
口をとがらせて抗議するけど、どうせ聞いてもらえない。
こうなったら、久美さんに頼んで2人で行ったことにしてもらって、ひとりで行こうかな。

「志織、姉さんに嘘をついてもらおうかと思ってないよね?」
洋兄ちゃんは鯛の塩釜焼きの塩を外しながら私をチラッと見た。

あ、やっぱりばればれなんだ。

「何で私の考えてることがわかるの?」

「わかりやすいよ、志織はね」

くっくっと笑って、食べやすく開いてくれた鯛のお皿を私の目の前に差し出した。
あ、おいしそう。

「失礼します」ふすまが開き次の料理がきた。
天ぷらの盛り合わせ。
きすになす、かぼちゃ、ししとう、大葉。
ん?私の好きなものばかり。

お店の人を見ると物知り顔でにっこり笑った。
上目遣いで洋兄ちゃんを見ると知らん顔をしている。

「悔しいけど、もういいや。とにかく食べる」


お店を出る頃にはスカートがきつかった。食べ過ぎだ…。






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