王太子殿下は無垢な令嬢を甘く奪う
*


 屋敷の中でも一番広い応接室に入ると、今日はダークグレーのジャケットを着た紳士が、自慢の口髭を揺らす父と話をしていた。

 母とともに入室したマリーへと振り向く父はさっと立ち上がり、歩み寄って最愛の娘を抱きしめた。


「おかえりなさいませ、お父様」

「ああ。……よくやったぞ、マリー」


 フレイザーには聞こえないように囁く父からも、多大なる期待をかけられ、さらなる重責と抱きしめられる強さで息苦しくなった。

 父に続いて中央のソファから腰を上げたフレイザー。

 微笑ましげにイベール父娘を見つめてくるが、長身が故にやはり威圧感がある。

 先日よりももっと黒く重い雰囲気を感じたのは、ここがアンダーソン家の大広間のようなきらびやかさがないからだろうか。


「マリーアンジュ嬢、先日はお相手いただきありがとうございました」

「フレイザー様、ご機嫌麗しゅう存じます。こちらこそ、手をお取りいただき光栄の至りでございました」


 マリーはフレイザーと目を合わせないまま、社交パーティーのときと同様彼に向かって軽く姿勢を下げた。
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