王太子殿下は無垢な令嬢を甘く奪う
「堅苦しい挨拶はよしましょう、マリーアンジュ」


 朗らかな声で呼びつけ、歩み寄ってきたフレイザーがマリーの手を拾う。

 突然の接触にびくりと驚き、黒い瞳と一瞬目が合うと、あのときの怖さが蘇る。

 おもむろに手の甲に受ける口づけを、マリーは俯いてこらえた。


「娘もフレイザー様にお会いできるのを楽しみにしておりましたの」

「そうですか、それは嬉しい」


 マリーの心など露ほども知らない母に、フレイザーはマリーの手を取ったままにこやかな笑みを返す。

 フレイザーに導かれるように座ったのは、今まで彼のいたソファ。

 そしてその彼も当然のように隣に腰掛けてきた。

 まだ会うのは二度目なのにもかかわらず、こんなに近い距離で異性と話をすることは普通なのだろうかと、マリーは身構えてしまう。


「それでは、ごゆっくりとご歓談下さいませ」


 嬉しそうに微笑む両親は、広い部屋に若いふたりを残して、早々に退室して行ってしまった。
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