王太子殿下は無垢な令嬢を甘く奪う
「俺は社会見学に行っただけだ。楽しむ余地などあるものか」

「それはおかしいな。大勢に紛れて、とある令嬢の手を嬉々として取っていたように見えたが」

「貴様の妹君に声を掛けられたが、そのことか? 特に喜ばしいことでもなかったが」


 言いながら、ウィルはフレイザーの斜向かいに置かれた一人掛けのソファに腰かける。

 嫌味を交えてとぼけたように返すが、マリーと踊ったことをフレイザーに見られていたのかと、心の中で忌々しく舌打ちをした。

 そんなウィルの心中を知ってか知らずか、フレイザーは鼻で笑ってから話題を切り替えた。


「ああ、そういえば、妹との結婚にはうなずいてくれたか? 成人の祝賀と同時に婚約発表というのも、粋でいいのではないかと思うが」


 王家では、かねてから大公爵家の令嬢との婚姻を望まれていた。

 フレイザーの妹との婚姻は、王家の血筋を薄めないための慣習的な意図がある。

 けれど、今さら結婚がどうだとか言う以前に、幼少期からの馴染みで彼女とは身内という感覚でしかない。

 それに、ウィルには心に決めたあのエメラルドの瞳を持つ少女がいるのだ。
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