Distance
「なほちゃん、ポップ書いてくれる?」
「はい、お任せください」


レジカウンターの下の引き出しの中から、カードと筆ペンを取り出す。
私は小さい頃から、寿士のお兄ちゃんの義仁(よしと)先生に習字を習っていて、字にはちょっとばかし自信がある。自分で言うのも手前味噌って感じでちょっと恥ずかしいんだけど、なかなか達筆なのだ。


「商品名はね、レモンヨーグルトパン。本当は初恋パンにしたかったんだけど、主人に却下されちゃってね」
「は、初恋パン…?」
「そう!甘酸っぱい、正にファーストキスのような味なのよ~」
「はあ…」


カードの上の方に、大きくレモンヨーグルトパンと書いた私は、その下に小さく、甘酸っぱい正にファーストキスのような初恋の味、と書き足していると。


「__いつ見てもこのメルヘンちっくな店には不釣り合いなタッチだな」


頭の上から、笑いを帯びたような意地悪な声がして、筆ペンを持つ手がぴたりと止まる。じりじりと、刻むような角度で顔を上げると。


「よお、クロワッサンまだ残ってる?」
「寿士……」


スーツ姿の寿士は、きょろきょろと店内を見渡した。


「あらあらあら~!毎度ありがとうござます!まだ一個だけ残ってますよ!」
< 10 / 68 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop