Distance
すかさず店長の奥さんが、わざわざバスケットごと持ってきた。
寿士が勤める設計事務所が入ってるビルがこの店の近くにあるから、お昼にいつも買い来る。店長の奥さんは、そんな寿士のファンらしい。


「新作パン、サービスしておくわね!」
「ありがとうございます、いつもすみません」


なんて、寿士が営業用の完璧スマイルを惜しみ無く披露するもんだから、店長の奥さんは気を良くしちゃってレモンヨーグルトパンを何個も紙袋に詰め込んだ。

…店長の奥さんが優しいからって調子に乗っちゃって。


「ありがとうございましたー」


会計を終えて、クロワッサン一個分の料金と到底見合わない量のパンを詰め込んだ紙袋を片手にした寿士が、「さすがに一人じゃ食べきれないし。今日仕事終わったらなほんちに御裾分けしに行ってやっか?」思い付いたように軽い調子で言った。


「いいよ。私今夜村越さんとデートだし。職場の同僚さんにでもあげたら?」
「……そっか、じゃーな」


お昼の混雑のピークが過ぎた店内。
出入り口で女性客と擦れ違い様、寿士は紳士らしくドアを押さえ、「どうぞ」スマートに先を譲る。
僅かに頬を紅く染めた女性客は、まるで王子様を見るようなうっとりとした目で寿士を見上げた。

…ったく、外面が良いんだから。
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