Distance
「甘くて、美味しそうな匂いだなぁ」


体が固まった。ぎゅーんと細くなって。きしきし、節が鳴るくらい痛い。


「っあ、あの、村越さんっ」


声を絞り出すのも苦しい。
後ろから腕を回した村越さんが、私を抱き締めている。


「働いてるパン屋さんの匂いが染み付いてるのかな?甘い焼き立てパンの匂いかなぁ」
「……っ」


知らないよ。いつもその匂いの中にいる自分には、どんな匂いが染み付いているのか分からない。
そんなことよりどうでもいいから、早く離して欲しい。店員さん来ちゃうじゃん。

鼻先を首の後ろで行き来させ、くんくん嗅ぎ回るから鳥肌が立つ。
ひとりでに体が捩れる。でも、村越さんの拘束する力が強くて、ちっとも動かない。


「僕、なほちゃんと早く二人きりになりたいなって、ずっと思ってたんだよ」


そう囁く村越さんの口が、ちゅっと頬を掠めて私の唇に接近。
思わず両目をきつく瞑ったとき。


「__お待たせしました、杏仁豆腐です」


店員さんの元気な声が、ふすまの向こうで響いたのを合図に、俊敏な動作で村越さんは私を解放した。
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