Distance
スーツの上着を脱ぎ、きちんとハンガーに掛けた寿士は、それを鴨居に引っ掛けて、ビールをぐいぐい飲み込んだ。
私は缶を両手に持ったまま、玄関のたたきから一歩足を踏み入れた場所で、うちと同じ間取りの部屋を見回した。

ベッド、テレビ、テーブル。
本棚、パソコン、以前来たときと変わってない。

てっきり、カーテンが婚約者好みの花柄になってるとか、部屋中が甘ったるいコロンの匂いになってるんじゃないかと勘繰って、躊躇したけど、全然そんなことなかった。

けど、クローゼットの中は…。
もしかしたら、置きっぱなしの部屋着とか、最新モデルの美顔器とか、隠されているのかも…。


「おーい、なほ?どしたんだお前、真面目な顔して」


寿士に顔を覗き込まれて、「な、なんでもない…!」私は焦って両手を振った。

例えベッドの下に片方のイヤリングが落ちてたとして、例え洗面所にピンクの歯ブラシがあったとして。
それで、当たり前なんだし、どうするってことでもないじゃん。

私だって、今夜もしかしたら村越さんと__


「なほ。」


突然、前触れもなく額がしっとりと温かくなった。


「お前、ほんとに大丈夫?ぼーっとして。熱でもあるんじゃね?」


寿士が私のおでこに触れたのだ。
ぴったりと、吸い付くような感触で。
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