Distance
しかも力強い。
見た目は細っこい体格なのに、どこにそんな力が隠されているのかと、目を疑う。
…そういえば、ジムで鍛えてるとか言ってたっけ…。本当だったんだ。

私の代わりに足元を濡らした寿士が、川から上がろうとしたとき。


「っとと、危ね!」


…前言撤回。
自慢の体幹はどうした、おい。

寿士もまた同じ石に滑ったらしく、転びそうになった拍子に、「げ!」掴まれていた方の二の腕を引っ張られて、腕に掛けていた私のバッグが豪快に宙に舞った。


「なほ、悪い悪い…!」


寿士は大声で言い、すぐに川の中に落ちたバッグの中身を拾った。
スマホはスカートのポケットに入れてあったから無事で、お財布も然程浸水する前に救出したから中身は乾かせばまあなんとか大丈夫そうだった。

ただ、問題は… 。


「か、鍵が、ない……」


バッグを拾い上げて中身を確認した私は、愕然とした。
三日月荘の鍵がない。

屈み込んで周囲を探すも、七夕のイベントが終了したからか若干ライトが暗くなってよく見えないし、なにより雨が強まってきている。


「ど、どうしよう…」


目に掛かって視界を遮る雨を手の甲で拭って、私は声を震わせた。


「取り敢えず、今日はもう…」腕まくりをして、川に膝をついてまで探してくれた寿士は立ち上がって、目に掛かる濡れた前髪を掻き上げた。「俺ん家に、来れば?」


「、え?」
「一晩くらい泊めてやるよ。俺に責任あるし、もてなしてやっから」
「そ、そんなこと…出来るわけ、」
「あ。なほ、もしかしてあのクマのぬいぐるみがないと寝られないとか?なんなら俺がクマの代わりに抱き枕になってやろうか?」
「っ…」


霞がかって、前が良く見えないけど。
身に染みてわかることもある。


「おい、なほ?」


それを噛みしめるように、一歩、二歩と寿士から離れ、歩き始めた私は、ついに大股で駆け出していた。

後ろで寿士の呼ぶ声が聞こえても、水溜りで滑ってスライディングしても足を止めなかった。

もうこれ以上、最低な自分に、なりたくなかった。

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