Distance
湿ったジャケットを腕に掛け、私の顔を覗き込んだ。


「悪かったな。あ、この鍵、どうした?」
「昨日ね、あのまま実家に帰って、おばあちゃんからスペアキーもらって来たんだ」
「そっか。俺今日、コズミックランドに電話したんだ。川の中に鍵が落ちてたみたいで、落し物で届いてたって。明日にでも取りに行って」
「えっ、あ、うん…ありがと」
「んじゃ、そういうことで。」


たたきで立ち尽くす私に、「じゃーな」寿士は片手を挙げた。


「戸締り忘れんなよ」


踵を返し、ドアノブを回した寿士に、「っあの…!」私は喉に力を込めて、声を振り絞る。


「これ、おばあちゃんに貰ったんだけど……食べる!?」


今日の実家の夕飯の献立は、かぼちゃの煮付けと豆腐ハンバーグと、エビフライだった。
大きなタッパーに、きちんと番地を決めて綺麗に収まっているそれらに、寿士はどんどん箸を伸ばし、美味しい美味しいと何度も言いながら食べた。


「そう言えば今日、義仁先生に会ったんだけど」


胡座をかいて座る寿士に向かい合って、床に座っていた私は、割り箸をお皿に置いた。


「……へえ」
「結婚、するんだってね」
「聞いたの?」
「うん」


箸を動かす寿士の手が止まった。


「ていうか私、前からおばあちゃんに聞いてはいたんだけど、ね…」


冷たいお茶の入ったグラスを持ち上げ、私はゆっくりと喉を潤した。そして。


「実は私ね、」「別に隠し、」


話し出すタイミングがぴったり、かち合ってしまった。
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