あの夏の続きを、今
「……松本先輩っ!」
私の自転車の前輪が、松本先輩の横に並ぶと同時に、私は勇気を出して声を掛け、自転車から降りる。
先輩は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにあの優しい笑顔で「広野さん、こんばんは」と応えた。
その暖かな声が私を包み込んで、ああ、愛しい人の声だ、と実感する。
────やっぱり、私は松本先輩の優しい声と笑顔と────全てが好きだ。
私の心を、こんなにも温かくしてくれる。
そして、私と先輩は、街灯に照らされた夜の坂道を、並んで歩いて上っていく。
こうしてまたふたり並んで帰れるなんて。嬉しいという言葉では足りないぐらいだ。
とりあえず何か話題を出さないといけないと思い、私から話を振る。
「えーと……東神は今年、……コンクールでは何の曲をやるんですか?」
息が上がっているのを気付かれないように、平静を装って話す。
「今年は、課題曲がIVの『クローバー グラウンド』、自由曲が『たなばた』。今度の定演でも演奏するよ」
「『たなばた』!私、その曲大好きです!」
「それでね、僕、『たなばた』のユーフォソロを担当することになっちゃってね」
「!!……あの、アルトサックスと一緒にやる、あの部分ですか?」
「そう。本当は、定演で演奏する時はまだ3年生の先輩がいるから、3年生がやる予定だったんだけど、コンクールの時はもう3年生は引退してて、しかもユーフォの2年生は僕だけだから、自動的に僕がソロやることになるんだよね。
で、どうせコンクールでは僕がソロなんだから、定演でもソロやっちゃえ、みたいな事を先輩に言われてね……だから、定演でもコンクールでも、僕がソロということになっちゃったんだ」
「えー!?そうなんですか!聴きたいです!松本先輩のソロ、ぜひぜひ聴かせてください!」
酒井格作曲の「たなばた」は、吹奏楽の世界では超が付くほど有名な曲だ。
中間部のアルトサックスとユーフォのソロの掛け合いの部分は特に有名で、アルトサックスが織姫の、ユーフォが彦星の気持ちを表していると言われている。
このロマンチックなソロを松本先輩が吹くなんて。そしてそれを聴けるなんて────夢みたいだ。定演に行くのがますます楽しみになってきた。