傘も方便【短編】
「もう少し、」


「えっ?」


「だからもう少しこっちに来ないと濡れる。」


「えっ、ああ……」


って言われても大して知らない人といきなり密着とかねぇ………それに歩くの早いんだって。


その時、丁度、さっき入り損ねたカフェの前に差し掛かる。


自然と体が強張ってしまう。


もう終わったことなのに。


もうなんとも思ってないのに。


それでも意識がそっちに向くのは今朝きたメールのせい?


社内メールでわざわざ送りつけてくるところ、用心深いと思う。


うっかり自分のスマホに証拠が残らない為だろう。奥さんに見られるとやばいもんね。用心深い森井さんらしいやり方。そして私がそれを読めば直ぐに削除する事をちゃんと理解している。






ーーーーやっぱり忘れられない。君ともう一度、話がしたい。





話がしたい?


今更?


もう半年も前に終わってるのよ?


ふざけるな。


怒りしか出てこない。


さっきの様子から察するに奥さんがお産で暫く留守にするのだろう。それで私にお声が掛かったようだ。いつだって二番手の私。正直、悔しい。やっと気持ちに整理がついたのに。今になってまた掻き乱そうとするなんて。


通りに面した席に森井さんと奥さんは向かい合わせに座っていた。


私からは奥さんの後ろ姿しか見えず表情は読み取れない。


けれど森井さんの顔はガラス越しでもちゃんと見える。


きっと向こうからも私の姿は分かるだろう。


恐らく私に気付いたであろう森井さんが見知らぬ人と相合傘で歩く私を見て一瞬、驚いた顔をするも直ぐにふわりとした笑顔を奥さんに向けている。


「………っ」


もう忘れたのに。


もう終わってるのに……。



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