傘も方便【短編】
「ごめんなさいっ。少しだけでいいから………」


私は隣に並ぶ人の戸惑いを一切無視して傘を持つ腕を取るとそれに自分の腕をガッシリと絡めた。


そしてこれでもかと言うほど密着する。


「濡れますもんね。これくらいくっつかないと。」


もう半ばヤケクソ気味に言うと隣に並ぶ彼の顔を初めてちゃんと見た。


あっ……、意外にイケメンじゃん。


少し茶色掛かった瞳は綺麗なアーモンド型をしていて、少しの間、驚いた様子で私の顔をマジマジ見ていたけど、その瞳はやがてゆっくり弧を描く。


「なら、こっちの方がよくない?」


彼はそう言うと、名案とばかりに傘を持ち替え空いた手で私の肩をすっぽり抱え込んだ。


「えっ……」


そしてーーー


そのまま私にググっと顔を近付けた。


「このまま歩くけど、良い?」


「う、うん……あっ、えっと、はい。お願いします。」


まるでこれだとキスしてるみたいに見えーーーーー


「あっ。」


もしかしてわざと?


この人、もしかして私の不自然な行動に何となく察してくれた?


まさかね。


肩を組んでいるからかさっきよりもかなりゆっくり歩き出す。ゆっくり通り過ぎるカフェの前を歩きながらほんの少し森井さんの方を盗み見る。


遠目からでも真顔なのが分かった。


じっとこちらを見る視線が突き刺さる。


元よりプライドの高い人だからその表情を見れば何を言いたいのかは想像がつく。


きっと、今でも私が森井さんに気があるって思っているのだろう。


つい振り返りそうになる。


すると、肩にあった手がそのまま私の頭に置かれポンポンとする。


まるで小さな子をなだめるように。


「前向いて。振り返らず。真っ直ぐ進む。」


私は言われた通りそのまま前だけを見て歩き続けた。



















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